令和5年4月度

四条(しじょう)(きん)()殿(どの)()(へん)()

(御書九九一㌻六行目~九行目)

一切衆生、(いっさいしゅじょう  )南無妙法蓮華経と(とな)ふるより(ほか)遊楽(ゆうらく)なきなり。(きょう)()はく「衆生(しゅじょう)(しょ)遊楽(ゆうらく)」云云。()(もん)あに()(じゅ)法楽(ほうらく)にあらずや。衆生(しゅじょう)のうちに()殿(でん)もれ(たま)ふべきや。(しょ)とは(いち)(えん)()(だい)なり。()(ほん)(ごく)(えん)()(だい)(うち)なり。遊楽(ゆうらく)とは(われ)()色心(しきしん)依正(えしょう)ともに一念三千(いちねんさんぜん)()(じゅ)(ゆう)(しん)の仏に(ほとけ)あらずや。法華経(ほけきょう)(たも)ち奉る(たてまつ)より(ほか)遊楽(ゆうらく)はなし。(げん)()安穏(あんのん)後生善処(ごしょうぜんしょ)とは(これ)なり。

通釈

 一切衆生にとって、南無妙法蓮華経と唱えること以外に真の遊楽はない。法華経に「衆生所遊楽」と説かれている。この文はまさに自受法楽を説いたものにほかならない。その「衆生」のうちに貴殿が漏れるはずはない。「所」とは一閻浮提のことであり、日本国は一閻浮提の中にある。「遊楽」とは、我等の色心依正ともに、すべて一念三千・自受用身の仏にほかならない。法華経を持ち奉る以外に真の遊楽はない。法華経に「現世安穏・後生善処」とあるのはこのことである。

主な語句の解説

〇遊楽

遊び楽しむこと。仏法を敬愛し、善を行い、徳を積んで自ら楽しむ法楽の意。

〇衆生所遊楽

法華経如来寿量品第十六(法華経四四一)の文。「衆生の遊楽する所」と訓読する。

〇自受法楽

悟りの境界(成仏の境界)を自ら楽しみ法悦を味わうこと。

一閻浮提…仏教の世界観で、人間が住む世界のこと。閻浮提、南閻浮提ともいう。

〇色心依正

色とは身体(色法)をいい、心とは心及び心の働き(心法)をいう。依正とは依報正報のことで、依報とは衆生が拠り所とする環境世界、正報とは過去の業報によって生じた衆生の身心をいう。

〇自受用身の仏

悟りの功徳を自ら受け、その悟りの法を自在に用いて衆生を救済する仏をいう。

〇現世安穏・後生善処

法華経薬草喩品第五(法華経二一七)の文。「現世安穏にして後に善処に生じ」と訓読する。

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