富士の信仰と化儀(御授戒について)
日蓮正宗に入信する際、まず御授戒を受けなければなりません。
生まれた子が、初めて寺院に参詣するのを初参りといいますが、ふつうこの際御授戒を受けます。
この御授戒を本宗寺院の御宝前で受けてはじめて日蓮正宗の信徒になれるのです。
信心を始めるにあたり、誰でも受けなければいけない御授戒、今回はこの御授戒について少し述べましょう。
■釈尊に遡る御授戒
そもそも、この御授戒のおこりは、はるか昔、釈尊の時代まで遡ります。
釈尊は二月七日、菩提樹下において成道しましたが、その後大法輪を転ずべく座を起ちて、波羅那国に行きました。
その時五百の商人ありて、その中、一人をバッダラシナといい、もう一人をバッダラリという二人の主人あって釈尊に供養をしました。
釈尊は食を受けた後、うがいをし、鉢を洗い、その商人に
(一)に 帰依仏
(二)に 帰依法
(三)に 帰依当来僧
の三帰を授け終わりて別れました。
これが一番最初の御授戒であります。
(三)の帰依当来僧とあるのは、この時はまだ伝持の僧がいなかったので、当来僧といわしめたのです。
仏法僧の三宝が揃ったのは、釈尊が波羅那国の鹿野苑中で阿若憍陳如(あにゃきょうじんにょ)以下五名の人々に四諦を説き、彼らが出家したので初めて三宝が揃いました。
このことが、経文に次のように出ています。
「時に彼の五人は、道跡を見巳りて、仏足を頂禮し、出家修行せんと欲す。時に世尊は彼の五人を善来比丘と喚びたまえば鬚髪自らおちて、袈裟見につきて即ち沙門なれり。是に於いて、世間に始めて六阿羅漢は是れ仏宝たり、四諦の法輪は是れ法宝たり、五阿羅漢は是れ僧宝たり、世間に三宝具足す」(国訳一切経史伝部六116頁)
このように仏法僧の三宝に帰依することが、受戒の本義なのです。
大聖人様の御書の中にも、御授戒の儀式として、『最蓮房御返事』に
「貴辺に去る二月の比より大事の法門を教へ奉りぬ、結句は卯月八日・夜半寅の時妙法の本円戒を以て受職潅頂せしめ奉る者なり」(全集1342頁)
とあります。
これが実際どのような形で行われたのか定かではありませんが、大聖人様から直接御授戒を受けた最蓮房の喜びはいかばかりであったか、想像するに難くありません。
■生涯信心を貫く誓いの儀式
それでは、現在末寺で行われている御授戒について説明しましょう。
入信を決意したならば、紹介者と共に、末寺の住職のもとへ御挨拶にいきます。
各末寺の住職は、大聖人様以来手続の師匠であられる御法主上人猊下の御代理として、また直接の師匠として、その責任において授戒を行います。
導師は、御仏前において読経・唱題・観念の後、御本尊様を新入信者の頭上に戴き、授戒文を唱えます。
この時、受ける本人は、「今までの謗法を捨てて、本門の本尊と戒壇と題目を、生涯持っていく」ということを堅く誓わねばなりません。
御授戒は単なる入信の儀式というだけでなく、本当にその人が、生涯にわたって本宗の信心を貫き通し、成仏の境涯に進みゆく、崇高な誓いの場なのであります。
幼児においては、その両親が法統相続せしめ広布の良き人材として大切に育てていくことをお誓いする場ともなるのです。
大聖人様は、『四条金吾殿御返事』に
「受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり」(同1136頁)
と申され、この正法を一生涯持ち続けていくところにこそ、成仏があることを御教示されておられます。
■御授戒に臨む心構え
御授戒の時は、一生の記念残る大切な日ですので、普段着というよりは、できるだけ正装に近い格好が望ましいといえましょう。
紹介者は、入信が決まった日から、勤行の仕方、仏壇・仏具の御安置の仕方等、無理のない形で、教えておくことが必要です。
いざ、御授戒をうける段になって、御数珠の掛け方も教わっていないようでは新入信者がかわいそうです。
初めは根気のいることかもしれませんが、もう一度自分の入信時を思い出して、心を込めて教えてあげることが大切です。
誰もが初めは不安で一杯です。やさしく丁寧に教えてあげることによって、その人も紹介者の真心に触れ、大聖人様の御慈悲の一端を感じるでしょう。
御授戒を受ける時は、本人にとって、一生の記念に残る再出発の日となるわけですから、同志の人も寺院に詣で共に祝ってあげたいものです。
皆で喜びを分かち合うところに、異体同心の輪も広がっていくことでしょう。
御授戒は、受ける本人はもとより、紹介者もそこに集う同志の人ももう一度自分自身の信心を見つめ直し、共々に発心する大切な儀式なのです。
大白法 第359号より転載